まぬけな社長、DXを導入する
DXを導入したのに、なぜか仕事が増えた。
そんな経験はありませんか?
この物語は町工場を舞台にした物語ですが、現場・学校・病院・中小企業など、多くの職場で本当に起こりそうな出来事です。
本記事は、筆者の実体験をもとに構成したフィクションです。登場する人物・会社名・団体名などは架空のものであり、実在の人物・企業・団体とは関係ありません。実際にあった出来事を分かりやすくお伝えするため、一部の内容や時系列、会話などを脚色しています。
【登場人物】

古川(ふるかわ):元SE。システムを「爆弾」と捉えるリアリスト。「己の役割に嘘をつかず、どんな面倒な作業も真摯に紐解く」という古風な流儀を胸に、日々技術と向き合う

大沢(おおさわ):町工場の社長。社員思いで人情味あふれる一方、AIやDXなど最新技術が大好きで、勢いのまま導入を決めてしまうことも。失敗しても素直に反省し、社員の意見に耳を傾けられる“憎めない社長”

マリ:現場と経営をつなぐ生産管理部の調整役。冷静で責任感が強く、社長の暴走もやんわり軌道修正する頼れる存在。実は、お酒を飲むと陽気になる。
「我が社もDXだ!」
ある日の朝。
古川が保守作業のため町工場で作業をしていると、社長が勢いよく事務所へ飛び込んできた。


古川くん! 我が社も、ついにDXだ!
古川が作業している手を止めた。
「……また、何か思いついたんですね。」
そこへ、生産管理部のマリさんが資料を抱えて入ってくる。
現場と社長の間に立ち、仕事の流れを整える会社の要だ。

社長、今回は何を始めるんですか?
社長は待っていましたと言わんばかりに説明を始めた。
AI搭載、クラウド対応、ペーパーレス。
展示会で見つけた最新の業務管理システムらしい。

これを導入すれば、社員の仕事は半分になる!
古川は一番大切なことを聞いた。

社長。具体的に、どの仕事がなくなるんですか?
社長は固まった。
数秒考えたあと、自信満々に答えた。

それは……これから分かる!
事務所に静かな空気が流れた。
マリの心配
マリはDXに反対ではない。
社長が会社を良くしたい気持ちも誰より理解している。
ただ、一つだけ心配があった。
社長は、新しいものを見ると「導入」が目的になってしまうことがある。
以前も勤怠システムを入れた。
「これで楽になる!」
そう言っていたのに、現場ではシステム入力と表計算ソフトへの入力の二重管理が始まった。
結果、仕事は増えた。
だから今回もマリは慎重だった。

社長。導入する前に、今の業務を一度整理しませんか?
しかし社長は笑顔だった。

大丈夫だ! 最新なんだから!
マリは古川を見る。
古川も小さくうなずいた。
「これは少し危ないかもしれない。」
最新システムがやってきた
数週間後。
ついにシステムが稼働した。
社長は朝からご機嫌だった。

今日から我が社はDX企業だ!
しかし、現場では次々と質問が飛ぶ。
「表計算ソフトはどうするんですか?」
「紙の帳票は残りますか?」
「このデータは誰が入力するんですか?」
マリは確認を続け、ある事実に気付いた。

新システムは追加された。
でも、紙は残った。
表計算ソフトも残った。
つまり──
今までの仕事に、新しい仕事が追加されただけだった。
「仕事、増えてません?」
数日後。
社長が満面の笑みで現場へやって来た。

どうだ! DXの効果は!
マリは笑顔で答える。

はい。デジタルになりました。
社長は満足そうにうなずく。
しかし、マリは続けた。

ただ……仕事は増えました。
社長の笑顔が止まった。
古川は業務フローを見ながら静かに言う。

社長。これ、DXというより仕事のデジタル化です。
その一言は、社長の胸に刺さった。
古川の「家電」の話
午後、古川は二人を会議室へ呼んだ。

社長。最新の冷蔵庫を買ったとします。
AI付きで、スマホから操作できる最新モデル。
「便利そうだな。」
社長は笑う。
古川は続けた。

でも、その冷蔵庫が玄関から入らなかったら?
社長は少し考えた。

便利でも使えないな。

古川はうなずいた。
「システムも同じです。」
「問題はシステムではありません。」
受け入れる組織の準備ができているかなんです。
DXの前に考えること
マリさんはホワイトボードに3つの言葉を書いた。

① 経営陣
何を実現したいのか?
「DXをする」が目的ではなく、何を改善したいのかを決める。
② 管理陣
仕事の流れをどう変えるのか?
- 二重入力はないか
- 紙は残るのか
- 誰が担当するのか
導入前に整理する。
③ 現場
本当に楽になるのか?
使うのは現場である。
現場が楽にならなければ、それは成功とは言えない。
古川が最後に付け加えた。

そのDXによって、誰の仕事が増えるのか?
部屋が静かになった。
マリさんが小さく笑う。

それ、最初に聞きたかった質問です。
DXをやめる必要はない
社長はしばらく考えていた。
そして、ゆっくり口を開いた。
「DXそのものが悪いわけじゃないんだな。」
古川はうなずく。
便利なシステムは、人を助ける力を持っている。
問題なのは、
システムを入れることが目的になること。
本当に変えるべきなのは、
仕事そのものである。

せっかくDXするなら、みんなが『楽になった』と言える会社にしたいですね。
古川も笑った。
「それが本当の業務改善ですね。」
「まず、玄関を広げよう」
社長は突然立ち上がった。

よし! まずは玄関を広げよう!
マリさんと古川が固まる。

社長……会社の玄関を工事するんじゃありません。
社長は照れ笑い。

……分かっている。
古川は笑った。
「では、まず業務の流れを整理しましょう。」
社長は力強くうなずく。

我が社のDXは、ここからが本番だ!
二人は顔を見合わせた。
「今度こそ、大丈夫だろう。」
古川の技術解説
DXとデジタル化は同じではありません
DX(Digital Transformation)は、単に紙を電子化したり、新しいシステムを導入したりすることではありません。
目的は 「仕事の仕組みをより良く変えること」 です。
DXが失敗しやすい3つの原因
| よくある失敗 | 本来やるべきこと |
|---|---|
| システムだけ導入する | 業務を棚卸しする |
| 表計算ソフト入力を残したまま運用する | 二重入力をなくす |
| 現場へ丸投げする | 経営・管理・現場で合意する |
導入前に必ず確認したい質問
- このシステムで何を改善したいのか?
- やめられる仕事は何か?
- 新しく増える作業はあるか?
- 誰の仕事が変わるのか?
- 現場は本当に楽になるのか?
DXは「便利なシステムを入れること」がゴールではありません。
便利になる仕事をつくること。
それが、本当のDXなのだと私は思います。
ビット&ピース物語 番外編・まぬけな社長、DXを導入する 完


コメント